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■ Steeplechase Rag (未出版)/James P. Johnson

 Charly Records Limited ピルツ・ジャパン株式会社のドイツ直輸入版「オリジナル・ラグタイム・クラッシック フロム・ジ・オリジナル・ピアノ・ロールズ」よりの1曲。
 ジャズピアノの開祖といわれている、ジョンソンだが、ラグタイムぽぃブルースやジャズをたくさん作曲しているが、このスティープルチェイスラグ(=草競馬のラグ)は純粋なラグタイムで、賑やかで、ドタバタした題名どうりの楽しいラグです。彼がピアノロールの制作依頼を受ける仕事上での作品のようで、まるで現代のMIDIデータのような曲調です。ブルースフィーリングやブルノートもアドリブぽぃフレーズもテンションコードも使われていません。ジョンソンはもともと、ラグタイマーだった事がわかります。
 しかし、他の生録音からのCDのMCAビクターのジェイムスP.ジョンソン「スノーウィーモーニングブルース」のなかでやや崩して、ジャズ気を少し出して弾いている「Over The Bers」とほぼ同じ曲です。ピアノロール版は、たぶん1930年より前、後者の録音は1944年の録音となっていました。

from 伊藤さん/掲載日 2003.01.20


■ The Serpent's Kiss (1968)/William Bolcom

 モダン・ラグタイム作曲家としてもっとも有名な人は、William Bolcom (b.1938)だと思います。それも、あの有名な Graceful Ghost Rag(1970)だけが突出して知れ渡っているようです。Paul Jacobs, John Arpin, Morten Gunnar Larsen, 池宮正信など、いろんな人が取り上げているから無理もないですが。しかし、彼の本格的なラグタイム作曲は 1967-1976 の期間だけで、その後は例外的にしかラグを取り扱っていません。ラグタイムは、彼の多くの作品のうちのごくわずかなのです。むしろ、クラシック界では現代音楽作曲家として定評のある人です。

 しかし、彼がラグタイム界に残した功績は見逃せません。早い時期にラグタイムの芸術性を認識し、それにアカデミックな視点を加えたことが、その後のクラシック界主導のラグタイム・リバイバルの精神的支柱になったからです。ラグタイムという形式に、独自の緊張感と豊富な音楽言語を導入した彼の試みは、他のクラシック音楽家の表層的取り組みを遥かに凌駕していました。彼のラグは、確かに複雑な手法のもとに作られてはいるものの、多くが親しみやすい旋律であり、クラシック・ラグの伝統に則った、まごうことなきピアノ・ラグだったのです。そして彼のラグタイムの一つの頂点を作った作品が、このサーペント・キスを含む組曲「The Garden of Eden: Four Rags for Piano」(1968*)です。

* ボルコムのホームページでの情報。参照する資料によって年代がまちまちです。ただ、出版が1974年なのは間違いないです。

 この組曲は、「Old Adam」「The Eternal Feminine」「The Serpent's Kiss」「Through Eden's Gates」の4曲からなり、タイトルからもわかる通り、キリスト教神話をモチーフにしています。こういう宗教的なテーマにラグを導入したのは画期的であり、そのせいかどことなくユニークというか、ユーモラスな作品群です。それぞれ単独でも充分鑑賞に値するのですが、サーペント・キスには他の曲からのテーマも引用されていたりと、最も組曲を意識した作風になっています。そのため、他の3曲がクラシック・ラグとしての形式をほぼ遵守しているのに対し、この曲は特異な進化を遂げたラグタイム、いやラグを土台にした描写音楽になっています。

 まず驚かされるのは、低音域を使ったパーカッシブなフレーズ。最初からノっています。ノリノリ。その後のシンコペーションには Zez Confrey のノベルティー・ピアノの手法を応用して、もっと自由に調性を飛び越えた描写的音型を使っています。まさしく、不気味に動き回る蛇のようです。けっこう長い曲なのに、様々なテンポや音楽イメージ、そして誤解を恐れずに言えば「シリアスな遊び」を感じることができ、全然飽きることがありません。ぐいぐいと引き込まれてしまいます。

 そして圧巻なのは、ジャズのコードを使用したガーシュイン的インタールードと、クライマックスの快速な盛り上がり。この部分に、ケークウォークの定型的なシンコペーションを配置しているのがとても心憎いです。最後のコードが鳴った瞬間、思わず拍手してしまいたくなるような、充足感があります。この曲は「純粋な」ラグではありませんが、しかしやはりラグの躍動的な精神が根付いています。この生命感あふれる楽しい曲を、クラシック風に静かに聴いていることなど、私にはできそうにないです。これぞ、モダン・ラグタイムの歴史に残る名曲でしょう。

 この曲は、最初MIDIファイルで聴きました。Doc Wilson の Web Site(リンクの Mary Haley's ragtime and related music home page から辿っていけます)の MIDIファイルは、その圧倒的分量と良質なグルーブ感(実際の演奏を元にしているようです)で、私も大変助かっています。4曲全部そろってなら、私はまだMIDIでしか聴くことができません。Bolcom 本人の演奏を収めた貴重なLP『Bolcom Plays His Own Rags』(Jazzology)はとっくに廃盤で、私の今どうしても欲しいアルバムのトップを占めています(もう10年間探しているんですが...)。別の人のCD『Bolcom : The Complete Rags For Piano / John Murphy』には、これでしか聴けない未出版のラグも入っているので、今度買っておきます。

 私のディスコグラフィーは以下の通り。データベースからの打ち出しです。また、このディスコグラフィーには、ピアノ・ロールとMIDIを除いています。

P.ソロ CD:Brass Knuckles, An Excursion Into Contemporary Ragtime/Tony Caramia

追加:2000年7月、Doc Wilson の Web Site が更新され、新たに5曲の Bolcom のラグが紹介されています。ボルコム・ファンは必見です。特に、「Epithalamium」(1993)には驚きました。近年でもラグを作曲していることがわかり、しかも独特の Bolcom 節でうれしくなりました。

from 浜田隆史さん/掲載日 2005.05.05


■ St. Louis Tickle (1904)/Theron C. Bennett

 みなさんおなじみの曲です。特にギターファンにはなじみの深い曲だと思います。そもそも、この曲は Vess L. Ossman のラグタイム・バンジョー(アンサンブルもので、なんと1909年の録音!)で有名になった、ストリング・ラグタイム史上最も初期に属するヒット曲なのです。いいなあ、バンジョー。ギタリストの私は、バンジョーが辿った歴史がうらやましいのです。

 この曲は、一応ピアノが原曲ですが、どことなくカントリー風の趣があり(元々ストリングに合いそうな感じ)、とても楽しい陽気な曲です。作者についてはよくわかっていませんが、「推定」作者である Theron C. Bennette(1879-1937)は、ミズーリ州出身の白人作曲家です。そういえば、この曲は何となく白人の「ジャストなノリ」を感じます。はっきりとは言えませんが、ピアノの発想と言うよりは、どうもそれ以前に原曲(歌?)があったような感じも覚えます。

 第一楽節は、本当ならオルタネイト・ベースで押しても良さそうなところで、モノベースになったりするのも個性的です。最も特徴的な第二楽節は、たいへん魅力的な構成を持つメロディーで、通常の4+4+...というフレーズ構成を破り、最初に2小節の小終止を行って、次に6小節と続く形が非常にユニークです。これは、ベースの扱いは少し違いますが、「伴奏遅延」(私が『クライマックス・ラグ』の解説で触れた、曲構成のテクニックの一つ)の感覚に近いものがあります。この、パターンを楽しく壊すやり方は、今でも十分にラグタイム作曲家たちの参考になると思います。第四楽節は、最後に再転調して、主調に戻って演奏されますが、さすがにこれはピアノの発想だと思います。ご多分に漏れずギターでこの曲を知った私は、最初にMIDIファイルでこのパートを入力したとき、「何?まだやるの?」と言う感じを持ちましたが、なじむとこの形でないと曲が大団円にならないように思えてきます。繰り返しまで全部はしょらずにやると、結構長い曲です。

 ストリング・ラグタイムの項でも触れましたが、Vess L. Ossman のバンジョーはもう神業的と言っておきましょう。もう一人のバンジョー・マスター Fred Van Eps とともに、未だにギターを含めたストリング・ラグタイムの英雄です。このバンジョーの名演が元になり、後に Reverend Gary Davis、Dave Van Ronk、Ton Van Bergeyk といったラグタイム・ギタリストたちもこぞって取り上げています。5本の弦のバンジョーに出来て、6本の弦のギターに出来なきゃ、彼らに笑われてしまいます。中級以上のラグタイム練習曲としても、この曲は最適です。ぜひみなさんも一度はチャレンジして下さい。

P.他 LP:Everybody's Rag/Queen City Ragtime Ensemble
Bj.他 LP:King Of The Ragtime Banjo/Fred Van Eps / Vess L. Ossman
G.ソロ CD:Black Melodies On A Clear Afternoon/Stefan Grossman
G.ソロ LP:How To Play Ragtime Guitar/Stefan Grossman
G.ソロ LP:Ragtime Guitar/Reverend Gary Davis

from 浜田隆史さん/掲載日 2005.05.05


■ Silver Rocket (1966)/Arthur Marshall

 この曲のことを知っている人がどれほどいるでしょう。ラグタイムのバイブルと言われた Rudi Blesh と Harriet Janis の名著『They All Played Ragtime』の第3版(1966)で紹介された、アーサー・マーシャルの傑作です。

 そもそもアーサー・マーシャル(1881-1968)は、ミズーリ州で生まれミズーリ州で亡くなった生粋のラグタイマーで、1916年までプロとして演奏活動をしました(1917年に音楽から引退したのは、当時の妻の死とともに、ジョプリンの死も関係があるかも知れません)。星の数ほどいるラグタイム作曲家のうちでも、プロの演奏家だった人はそう多くないらしいです(ジョプリンも途中から酒場のピアニストから足を洗っていたらしいし、ジョセフ・ラムにいたっては実は演奏家としてはアマチュアでした)。

 アーサー・マーシャルという個性的なラグタイマーについて、私はインターネットを通じて多くの情報をいただいています。それによると、彼は以下の10曲のラグを残しています。後に、私も全ての曲を確認しました。一曲一曲解説したいくらい魅力的な、ラグタイムの珠玉の名曲ぞろいです。
 Swipesy Cakewalk (with Scott Joplin)(1900)、Kinklets (1906)、Lily Queen (1907)、Ham And! (1908)、The Peach (1908)、The Pippin (1908)、Century Prize (1966)、Missouri Romp (1966)、Silver Rocket (1966)、Little Jack's Rag (1976)。
 1966 となっている3曲は、ともに『They All Played Ragtime』で紹介されたものです。アーサー・マーシャルは、再発見されてから、Rudi Blesh にその3曲の出版を託したと言われています。私は最初、この3曲がラグタイム時代以後に書かれていたと思っていました(ラグタイム時代よりも作風が少し洗練されていると感じたのです)が、マーシャルに直に会うことのできた人の話によると、少なくともその初期形は、1910年までに作られていたらしいということです。
 なお、最後の Little Jack's Rag は、マーシャルの最高傑作と言う人もいる曲で、ピアニストで研究家の Terry Waldo がマーシャルの死後発見しました。

 私はこの曲の入ったカセットを、10年以上前にとある方の厚意でいただきました。ミルトン・キイというすばらしいピアニストの演奏で、本当に楽しんだのを覚えています。とにかく、理屈抜きで楽しいラグタイム。私は、マーシャルのラグを表現するときに「かわいい」という言葉をよく使いますが、この曲もそれにピッタリ。マーシャルは、マーチの伝統をしっかり踏まえたあらゆる意味で正統派のラグタイマーです。この曲が構成的に珍しいのは、第四楽節が20小節に拡充されていること。この楽節がまたすばらしい出来で、私はこの曲がマーシャルの中で一番好きです。

 私はこの曲をギターソロにアレンジしています。CD『クライマックス・ラグ』の録音でもこれを弾きましたが、『They All Played Ragtime』の出版元が倒産したために、著作権関連の確認がとれずに、やむなくお蔵入りになってしまいました。とても残念なことです。この曲の演奏例が極端に少ないのは、そういう理由もあるのでしょう。この曲の再出版と復権を強く望む次第です。

P.ソロ LP:They All Play Ragtime/V. A. (John Arpin)
P.ソロ カセット:Marshall / Turpin / Lamb/Milton Keye
G.ソロ 未発表(浜田編曲)

from 浜田隆史さん/掲載日 2005.05.05


■ Silver Swan Rag (1914?)/Scott Joplin

 ジョプリンが残したとされる曲の中で、最も不正確な由来を持つ作品。もともと1970年に作者不明のピアノ・ロール(1914年7月に QRS Piano Roll Company などから発売されたもの)として発見され、未亡人のロティ・ジョプリンの証言や多くの研究者の協議の末、1971年にジョプリン作であると判断されたものなのです。昔、新間英雄さんと話していたとき、「ジョプリンにしては代理マイナー調のメロディー(Bパート)が洗練され過ぎているのでは?」という疑問が出てきたことがありますが、典型的なロマン派音楽の雰囲気は、やはりジョプリン風にも感じるところがあります。ジョプリン研究の第一人者、Edward A. Berlin 氏は、むしろそのBパートがジョプリンの洗練された後期ラグの特徴を持つと書いています。その上で、ジョプリン全集が自信なげに「attributed to...(ジョプリンのものとする)」と書いているのとは反対に、この曲がジョプリン作であることを疑う理由はないと明言しています。未だに疑問を持つ向きが多いようですが、私は専門家の意見に従い、不用意にこの曲の作者を他に詮索してもあまり得るものはないと考えています。

 なぜ作者がジョプリンか否かがこれほど議論されてきたか、それはすなわち、この曲がとても素晴らしい出来であることの証明でもあります。全編に漂うロマンチックかつ感傷的な香り、メロディアスで華麗な音使い、ジョプリンにはあまりない3部構成のラグによる完結した美しさ、どのパートを取っても非凡な才気が感じられ、音楽的に充実しています。疑いなく、ラグタイムの隠れた逸品であり、なぜ作者不明のピアノ・ロールとしてしか世に出てこなかったかは、全く謎です。

 ところがこの曲のピアノでの演奏例は、「全曲集」を除けば今のところあまりないのです。著作権の絡みなのかどうかよくわかりませんが、もっと頻繁に演奏されてしかるべき曲のはずです。一方、ギター界では Ton Van Bergeyk のアレンジをきっかけに、大いに評価されています。この温度差を見ると、メロディアスな曲想が実は意外とギター向きであり、比較的ピアニスティックなラグを好むアメリカ人のピアノ愛好者の好みとはズレがあるのかも知れません。

 「未発表曲」と聞くと、どうもマニアの心が動きます。私は今でも、ラグタイム作曲家の未発表曲がいつかどこかで再発見されるのを心待ちにしています。研究され尽くしたようなクラシック作曲家の作品と違い、これは現在でも十分にあり得る話なのです。実際、1993年に再発見されたジョセフ・ラムの「Ragtime Reverie」はとてもよい曲で、ロマンをかき立てられます。また、無断リンクで申し訳ありませんが、ラグタイムのニュースグループの創始者でもある Ron "Keeper" O'Dell 氏のホームページには、1997年に Reginald Robinson がとある写真の中に発見した、ジョプリンの未発表歌曲の楽譜を解読したものが、MIDIファイルで公開されています。当然ながら一ページ分、たった23秒ですが、素晴らしい曲だったことを想像させるに充分です。

P.ソロ CD:Scott Joplin -His Complete Works(4枚組)/Richard Zimmerman
P.ソロ CD:The Complete Rags Of Scott Joplin(2CD)/William Albright
P.ソロ LP:Scott Joplin The Complete Works For Piano (5LP)/Dick Hyman
P.ソロ LP:The Best Of Scott Joplin (2LP)/Max Morath
G.ソロ LP:Classical Ragtime Guitar/David Laibman
G.ソロ CD:Black Melodies On A Clear Afternoon/Stefan Grossman
G.ソロ LP:Famous Ragtime Guitar Solos/Ton Van Bergeyk
G.ソロ LP:Live In Concert/John James
G.ソロ CD:Red Dragonfly/佐藤 忍 (Shinobu Sato)
G.ソロ CD:Semi-Traditional Guitar Solos/Joe Miller
G.ソロ CD: Ragtime for Guitar / Kazunobu Uetsuji

from 浜田隆史さん/掲載日 2005.05.05


 
 


 
 


 
 


 
 


 
 













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