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■ Rialto Ripples (1916)/George Gershwin & Will Donaldson

 ガーシュインが18歳の頃最初に出版した曲。時代背景から言っても、曲想から見ても、まさにラグタイムですが、残念なことにガーシュインはラグタイムをこの一曲しか書きませんでした。ガーシュインのその他のピアノ作品から見ても、この曲は少し軽めの曲ですが、やはりラグタイムの名曲です。

 最初のテーマは短調(D#m調)、ベースや細かい装飾音、洒落た雰囲気などが、まさにハーレム・ストライド・ピアノ(「ラグタイムのルーツ、近しい音楽について」のジャズの項参照)の特徴を備えています。「さざ波(ripples)」の描写的音楽とも思えるので、ノベルティーの雰囲気も持つと言えるでしょうか。
 その後すぐ長調に変わっているのはラグタイムの常套手段ですが、BでいきなりD#mの平行主調Bのさらに下属調(E調)になり、突然という感覚がユニークな響きを作っています(Cも同じ)。主題が同じくマイナーの曲でも、例えば James Scott の「Pegasus」はAがD#m調、Bがその平行主調Bになります。別の「Rag Sentimenatl」、またJoseph Lamb の「Bohemia」なども同様です。ハーレム・ストライドでは当たり前の調選択ですが、この辺にもすでにガーシュインならではのセンスが感じられます。
 というか、18歳でこんな曲は作れません、ふつう。

 ガーシュインが活躍した時代は、すでにラグタイムは過去の遺物になっていました。もし彼がもう10年早く生まれていれば、ラグタイム3巨頭を脅かす存在になっていたかも知れません。実際、同時期にアーリー・ジャズの世界で活躍していた偉大なアーティストたち、例えば Jelly Roll Morton や James P. Johnson なども、さすがにガーシュインの名声にはかないません。彼は特に「スワニー」「アイ・ガット・リズム」など多くのポピュラー・ソングで大成功したので、知名度でも群を抜いています。
 アメリカを代表する作曲家・ガーシュインやアービング・バーリンがその音楽的基盤の一つをラグタイムに求めたことは、そのままラグタイムという音楽のさらなる可能性も暗示しているように私には思えます。俗に言う「スイング」がラグタイム起源であるという説はすでに説きましたが(同じくジャズの項参照)、その誰をも陽気にさせるリズムやメロディーの雰囲気は、器楽曲でも歌曲でも、等しく適用可能なものです。
 何か話が大きくなってきたので、この辺にしておきましょうか。

 なおこの曲は、やはりというべきか、ラベック姉妹、ウィリアム・ボルコム、池宮正信といったクラシック肌の演奏家に多く取り上げられています。いわゆる純粋なクラシック・ラグとはひと味違うこの曲、短くてチャーミングなので、シリアスなコンサート・ピアニストたちのレパートリーにも最適だと思います。

P.ソロ CD:Gershwin Piano Music & Songs/William Bolcom & Joan Morris
P.ソロ CD:ラグタイム・クラシックス/池宮 正信
P.ソロ CD:Kings Of Ragtime/John Arpin
P.ソロ LP:愛のラグタイム/Katia Labeque & Marielle Labeque
P.ソロ LP:It's Ragtime/Winifred Atwell

from 浜田隆史さん/掲載日 2005.05.05


■ Roberto Clemente (1979)/David Thomas Roberts

 アメリカ大リーグ、ピッツバーグ・パイレーツの名右翼手だったロベルト・クレメント(1934-1972)の名をそのまま取った曲で、トーマス・ロバーツのラグタイムの中でも最も有名な曲。
 クレメンテは、西インド諸島プエルト・リコの出身で、ラテン・アメリカ出身の大リーガーとして先駆的な選手でした。しかし、ニカラグア地震(1972)の救援物資を載せた飛行機が墜落し、それに乗っていた彼は命を落としたのです。優れた選手であっただけでなく人間的にも素晴らしかった彼の死を、多くの人が悼みました。現在、優れた選手に贈られる「ロベルト・クレメンテ賞」の名が日本でもよく知られています。

 彼に捧げられたこのラグタイムは4楽節で、トーマス・ロバーツの詩的な側面と、ラテン・アメリカ世界への憧憬が伺えます。ミディアム・スローで淡々と演奏されるメロディーはバラード調で、訴えかけるような美しさを讃えています。さらに、全編を通しての内声の巧みさは目をみはります。特に第3楽節で聞かれる和音の響きはとてもセンシティブで、ピアノのロマンチシズムをよく引き出していると思います。第4楽節は、クライマックスにふさわしく起伏のある印象深い音型で、音使いの中にやはりビギンなど西インド諸島の音楽の雰囲気を感じます。
 このモダン・ラグタイム屈指の名曲は、ノルウェー出身の名ピアニスト(在りし日のユービー・ブレイクから賛辞をもらったほど)、モートン・ガンナー・ラースン(Morten Gunner Larsen)に取り上げられて、広く一般に知られることになります。

 さて、私が把握しているトーマス・ロバーツのラグタイム曲の中で、1978年以前の曲は以下の曲です。
For Teresa (1974)
Tallahassee (1975)
The Early Life Of Larry Hoffer (1977)
Anna (1978)
Kreole (1978)
Pineland Memoir (1978)
The South Mississippi Glide (1978)
 ライナーノーツによると、彼の最初のラグタイムは1971年に作られたそうです。
 これらの初期の曲は、「Kreole」に代表されるように比較的快活なラグタイムが多く、ジェリー・ロール・モートン、当時交流のあったらしいトム・シーやブルン・キャンベルなどの影響が伺えます。そういえば、彼の最初のアルバムは、意外にもオリジナルが一曲も入っていないジェリー・ロール・モートン曲集「Music For A Pretty Baby」(1978)でした。このアルバムは現在、「The Best Of New Orleans Ragtime Piano」としてCD化されています。

 そんな中、「Anna」などはロベルト・クレメンテと雰囲気に近く、クラシカルな佳曲です。彼が研究対象にしていた「フォーク・ラグ」の世界を感じます。私は、単に無名の作曲家のクラシック・ラグと捉えていますが、トーマス・ロバーツはもう少し詳しい定義をしています(詳細は割愛)。
 誤解や間違いを恐れずに言えば、当時のラグタイム音楽界はジョプリン一辺倒でした。彼が手がけた、あまり充分とは言えなかったマイナーな白人ラグタイム(カルビン・ウールシーなど)の研究と、その時代のピアニストとの交流から発展し、南米のフレイバーを織り交ぜて「フォーク・ラグ」のロマンチシズムを現代によみがえらせたのがこの曲であり、ひいては「Clemente」だったのだと私には感じられるのです。1979年以降になってくると、もちろんウンファ・リズムの快活な曲もあるのですが、作曲としての深い味わいはますます増してきているように思います。

 私が初めてトーマス・ロバーツを聞いたのが会社員になりたての頃だったので、もう十数年前です。新間英雄さんに教わってから、本当に狂ったようにむさぼり聞きました。あんまり感動して、自分の最初のCD『Ragtime Guitar』(1992)の帯の裏にも、彼の名を引用させていただきました。しかし最近インターネットにつなぐまで、彼の1992年以降の動向がよくわかっていなかったので、それだけでもインターネットを使う甲斐があったと思っています。
 いろいろ書きましたが、トーマス・ロバーツにはいくら私の手持ちの賛辞を与えても足りないくらいで、もう私の心の中では「楽聖」として位置しています(お顔もまるでベートーベンみたいですし)。憂鬱な心を照らしてくれる魔法の光のように、聞くたびに新しい感動がわき上がるのです。

 なお、どうやらトーマス・ロバーツは野球好きのようで、ロベルト・クレメンテの他にも、今は無き野球場「ポロ・グラウンズ」に捧げられた「Last Days Of The Poro Grounds」(1986-1987)という曲があります。彼には珍しくラグタイム・ワルツとしての体裁を持っていて、これも感動的で素敵な曲です。

P.ソロ CD:15 Ragtime Composition/David Thomas Roberts
P.ソロ CD:American Landscapes/David Thomas Roberts
P.ソロ CD:Lone Jack/Jack Rummel
P.ソロ LP:Play Roberto Clemente/Morten Gunnar Larsen
P.ソロ LP:Pineland Memoir/David Thomas Roberts
P.他 LP:Echoes From The Snowball Club (as Ophelia Ragtime Orchestra)/Morten Gunnar Larsen
G.ソロ 未発表(浜田編曲)

from 浜田隆史さん/掲載日 2005.05.05


 
 


 
 


 
 


 
 


 
 


 
 


 
 


 
 













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