ラグタイムと太神楽の公演


 五月中旬、ミシガン州の南部でラグタイムに太神楽を組み合わせた公演が行われました。太神楽には江戸時代より400年の伝統を持つ芸能です。太神楽と言う言葉になじみのない方も、獅子舞や、傘の上でいろいろなものを回したり、額やあごでバランスを取ったりする曲芸といえば「ああ、あれか」と思われるのではないでしょうか。

 一方のラグタイムですが、これは19世紀にアメリカの各地で自然発生的に生まれ、19世紀の末から20世紀の初めにかけて大流行した音楽の形態です。ラグタイムと言う表現は、例えばピアノの場合、右手と左手の拍子が一拍ずれているところから来ているのですが、代表的な曲としてはロバート・レッドフォード主演の「スティング」と言う映画の主題曲が挙げられます。チャールストン、ブギウギなどもこれに入ります。とにかく調子のいい、聞いていると自然にからだがむずむずして来て足や手で拍子を取りたくなるような音楽です。

 この日本の伝統芸能とアメリカの伝統音楽を組み合わせられないか、と考えたのは常に突拍子もないアイディアを次々考え出す主人のマイヤーズでした。一昨年、昨年と落語の三遊亭京樂さんと一緒にミシガンで公演して下さった太神楽の家元十三代目の鏡味小仙(かがみこせん)師匠のリズム感のある動きを見、又友人の紹介で日本での公演の手伝いをして欲しいと頼まれたラグタイムのピアニスト、ボブ・ミルン氏のピアノコンサートを何回も聞くうちに、主人の頭の中で何とかこの二つを一緒に出来ないかと言う考えが浮かんだのでした。それで昨年の12月、最初のラグタイム日本公演旅行に行った際、ミルン氏と小仙師匠並びにお弟子さん達との練習会が二日にわたって行われたのです。獅子舞をラグタイムで踊ってみたり、篠笛とピアノを合わせてみたりした結果、これはうまく行く、これは難しい、と言うのを大体決め、今回の公演の運びとなりました。

ラグタイムと太神楽の公演 太神楽の一行は、小仙師匠と、お弟子さん二人。公演はデトロイトの南の町、エイドリアン市、北の町、ラピアー市、そして西の町、バトルクリークの三ヶ所で行われました。プログラムの進行ですが、舞台は先ず縁起のよい獅子舞で幕開けです。日本人にはおなじみの獅子舞の曲もアメリカ人にはかなり異色に感じられるようです。お獅子が一通り舞台で踊って客席に降りていくと、大人でもちょっと恐そうで、首を竦めたり照れ笑いをしたり。結構受けていました。次にラグタイム・ピアノ。太神楽が曲芸を行う前と一緒で、サーカスも町に来るとまず音楽を演奏して町を練り歩く、というところから、まずはサーカス宣伝用の「スリーピーホロー・ラグ」。続けて「浜辺の歌」を真ん中に挟んでミルン氏の作曲した「浜辺ラグ」。きれいな調べにみなウットリと聞き惚れたかと思うと、次はものすごい速いテンポのラグで、人間の手がこれほど早く動くとは信じられないほど。そこで小仙師匠自らが登場し、ラグのテンポに合わせて太鼓の撥(ばち)をまずは2本、次に3本、そして4本とまるで生きているように空中に舞わせます。次に登場するのが大きなナイフ4本。ミルン氏が「これだけは自分の指のそばではやってくれるな」と観客を笑わせてマック・ザ・ナイフを奏でる中、ピカピカと光るナイフが宙に舞いました。その後、毬の曲芸に続けてミルン氏がうちから持ってきたビリヤードのキューとボールを使った曲芸を即席で行い、観客は大喜びです。自分もやってみると客席から上がった二人の男性は、複数のボールを回すどころか持っていることも出来ずすごい音で舞台の床に落とし客席は大笑い。そしてラグタイムの演奏で前半を終え、20分の休憩が入りました。

 後半は日本の楽器の紹介で、能管、篠笛の2種類の笛、大太鼓、締め太鼓、桶ご、そして鐘あるいは四助(よすけ)と呼ばれる鳴り物、最後に三味線の登場です。朱仙さんの歌と三味線、小仙さんの太鼓、仙若さんの四助で、ラグタイムとは全く違った伝統的な日本の音楽を紹介しました。さてその次はミステリーゲストの登場。実は鏡味師匠がいらっしゃると言うのでニューヨークからウクレレを持って駆けつけたセミプロの皆本さんが賛助出演をしてくれたのです。皆本さんは「ニューヨーク、ニューヨーク」から始まって世界各国の歌を披露し、最後に又アメリカに戻り「ルート66」で拍手喝采。伝統芸能を見せる日本人とは打って変わったニューヨーク・ボーイの登場は、プログラムに一段とバラエティを持たせてくれました。

 ここで又ミルン氏と太神楽3人の登場。今度は傘の上でくるくると色々なものを回す芸をピアノに合せて見せてくれました。最後は水芸を二つ。長い細棒の先に房の付いた台を乗せ、その上に水がなみなみと入ったガラスのコップ。これを口でバランスを取った後、糸の上でバランスを取り、次に棒に糸を捲き付けて左から右にくるくると回すのです。続けてコップの代りにお茶碗に水を入れたものを細棒に載せ、竹の楊枝をくわえてその上にこの細棒をバランスさせてくるくると回すとお茶碗からきれいに水がまあるく飛び散り、紙ふぶきが舞って舞台は大団円を迎えました。日本人の姿もあちらこちらに見える客席は大喜び、皆立ち上がって拍手を送る中で、日米の伝統芸を組み合わせた世界初の試みは成功裏に幕を閉じました。

文:鈴木いづみさん

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